★☆★☆★
LV100
20090121
ゲームやまんがに出てくるアサシンとか殺し屋とかって感情を声高に表現することが少ないイメージがあるので、そういう人たちにも好きなものや嫌いなものがあるのだとわかると非常にキュンとします。
まず好きなもの・嫌いなもの自体がかわいかったり意外だったりしてキュン(言葉遊びとはいえFF6のシャドウの好物が「かたゆで卵」だと知ってなんか妙にドキッとした人は多いと思う)。
続いて、「好き嫌い」なんてとってもストレートな情を彼らが持っているのだという事実に、も一度キュン。
バハラグアサシンは職のわりに感情丸出し垂れ流しだなあと思うこともあるのですが、それは操作キャラであるビュウ以外の心情もプレイヤーにはわりとわかっちゃうバハラグの仕様に私が勝手にだまされているだけであり、ゲーム内の登場人物から見ればきっとサジンもゼロシンもなに考えてるのか読みにくいのだろう。
それじゃあ早速、せりふから推測・判断したアサシンの好きなものと嫌いなものを挙げてキュンとしようと思います。
サジン
- 好き
-
この人の好きなものって難しいな。修行(隠れること?)ぐらいしか思い当たらない
★☆☆☆☆(キュン度) … ふーん、と地味に納得した
- 嫌い
-
ドラゴンないしそのヌメヌメ。嫌いとまではいかないかもしれないですが、気持ち悪いと思ったんだから苦手な部類には入りそう
★★★★☆ … 人体の中身とか、ヌメヌメしたものなんて腐るほど見てるだろうに!
-
もしかしたらサジン、自分の職業ちょっと嫌いだったなのかなって思うことがあります。暗殺稼業を疎んじる心をかけらも持たない人間からは「ああ…人生うらみちかいどう……。もう足をあらうことにしますよ…。」なんて言葉は出てこない気がするのだ
★★★☆☆ … ほんとにそうなら結構意外。でもそのわりに修行は頑張ってるというのがよくわからない
ゼロシン
- 好き
-
かあさん。私のイメージの中のゼロシンはマザコンに片足つっこんでしまってるのですが、それ抜きにしてもゲーム中の本物のゼロシンも結構かあさん好いてるよなーと思います。
★★★☆☆ … 家族を大事にする人って好きです。アサシンなのにね
-
正確には好きというより憧れだけど、友達とか友情とかそういうの
★★☆☆☆ … アサシンなのにね、再び
- 嫌い
-
孤独。ひとりでいることがさみしいのだそうだ
★☆☆☆☆ … 好きなものふたつを知ってると「まあそうだろうな」で終わっちゃう
客観視を心がけたつもりだけど、できてないかも(露骨に私情を挟むとふたりとも好きなものに「金」が入ってくる)。
ゼロシンの好きなもの嫌いなものは意外な裏設定でもなんでもなく性格づけのメインになってる部分なので、いいなあ、面白いなあとは思うけどキュンとはまた違う感じがします。
でも、ああ、キュンとした。控えめだがいいキュンでした。
本当は「○○(キャラ名)の好意」「○○の嫌悪」と、そのゆく先にある「なにか」がぶつかり「○○の好きなもの」「○○の嫌いなもの」として成る…という事象そのものに一番興奮する。言うなればビッグバン。
花
LV099
20090121
ゼロシン(客)とおねえちゃん(プロ)。
ゼロシンは会話で花代(世界設定に合う単語が見つからなかった)を無駄にする男だと思う。金の力で疑似友人体験(この場合会話)ができるなら、いくらでもするんじゃないかと思う。
母が体調を崩したようだけどすぐ快復してよかったとか、この頃砂嵐がやけに強いだとか、オチのない話が延々続く。仕事仲間兼友人(←せいいっぱいの見栄)のとある男と反りがあわないだの、会話がないだの。
お仕事上手なおねーちゃんはもうその「友人」とやらへの愚痴を聞き飽きていた。
なので、そうね、早いところその人と縁を切ってしまえばいいのに、と適当に相槌を打った。
客は、それができればおれはこんなにもあなたに会いに来てません、と答えたとさ。
普段ならば、他人との会話は友達ができるかどうかの嬉し恥ずかしドッキドキ分岐点。しかし商売上の偽物の友達タイムだという自覚があれば「仲良くなれるだろうか」「ちゃんと笑えてるか」といらぬ心配をする必要もないので、緊張せずに話せるのじゃあないかしら。
金銭授受の発生する契約がその成立をどれほど金パワーに頼っているか、そこから金を取ってしまったときなにが消え失せなにが残るか、そのへんはゼロシンとてもよく御存知のことと思う。
そして金を払ったからには多少の無理は利かせてなんぼということも。
どうも私は「ダフィラには娼館や娼窟があるにちげえねえ」という思考から離れることができません。
合法非合法にこだわらなければ、きっとダフィラだけじゃなくてどこのラグーンにも存在してるものなのだと思う。ただダフィラにはハーレムがあるぶん、ほかのラグーンよりも大っぴらに、文化のひとつとして栄えていそうだなというイメージがあります。
十ですめばまだいい
LV098
20090121
ダフィラ名物、うにうじ握手
・
・
・
この人達はアホだ…。
どうも描いてて違和感があるもので、公式設定では武装してるキャラでも戦闘(警戒)時以外のシーンでは非武装にしてしまう癖があるんですが、これは頭巾取る必要なかったな。
『うにうじ』(10ぴき)手についた。
この文を初めて見たときの衝撃は今でもしっかりと覚えている…。「うにうじを手に入れた」はふーんって感じなんだけど、「うにうじが手についた」だとリアルに想像できる気がしてしまって悶えました。
あと、ダフィラはうにうじわきやすいんだろうなっていうイメージがこのとき付いた。
余談
数年前、いろいろあって目算数百匹のうじの塊に素手つっこんでつかむはめになったとき、私は思った。なんかダフィラみたいだ、ここでつっこまなきゃいつつっこむよ、と。
なのでつっこんだ。意外と平気だった。少し嬉しくさえあった。
でも今になって思うに、うにうじと普通のうじはおそらく別物だ。「うじにつっこむ」と「うにうじにつっこむ」は、似ているようですごく違う。
よし、そんなダフィラとなんの関係もないうじになど金輪際つっこまないぞ。今、そう誓った。
キラキラ
LV097
20090121
アサシンが出たぞー。
数分後(開腹と臓物描きたかっただけの絵なのでご注意ください)
S・クルビシエ(これを描いた頃アニメ化の時期でした)
私の頭の中には今のところ三人のクルーがいます。なんかいつの間にか役割ができてた。
こういう「はい殺りますよ」な絵を描くたびに考えることがある。
アサシンが一番アサシンらしくキラッキラ輝いてる瞬間とはどんなときなのかと問うたら、答えはやはり「仕事中、人殺してる最中」なのかな、ということです。
自分ではそういう絵描くくせして、その上さらに自問自答にいちゃもんつけるが、それは…どうなの?
人殺しとキラキラは違うだろ、とややイラッとしたので(アサシンに)、仕事以外のプライベートなとこを頑張って想像してその中で輝きを見つけることにしました。
仕事中に限らずとも、サジンとゼロシンのキラキラしてる場面っていろいろあるはずだ!
たとえばゼロシンなら里帰りしてかあさんと会ってるとき、練習のかいあって最高の笑顔を出せたとき、すごい奇跡が重なって友達ができたとき…などなど。想像すると和むしけっこう嬉しい。
んでサジンにもそういう輝いてる瞬間がなんかあると思う。浮かばないけど。
でもやっぱりどうしても、そういうプライベートな部分よりもアサシン特有の部分での輝きのほうがもっと彼ららしさが出ていそうだと思えてしかたがないのだった。なぜなら私はアサシンとしてのサジンとゼロシンしか知らないからである。
「仕事の干渉を受けていないプライベートなゼロシン」というものはたしかに存在するのだろうけど、それを見たことのない私が「かあさんと一緒にいるときのゼロシン」のを思い浮かべてみたところで、それは100%純想像でしかない(ゼロシン、ファーレンハイトでは入口でつっ立ってるだけだから結構素だと思うんだけど、雇われてあの場にいる以上は完全なオフとは言えない気がする)。
サジンに至っては情報量が少なすぎてプライベートもクソもねえ。
アサシンじゃない部分想像して絵描いたりまんが描いたりするのもそりゃあすごく楽しい。た、の、し、い、け、ど!
本音を言えば想像以外のものもちょっとほしいです…事実とかほしい。
ということで、事実に思考を移します。事実=サジンとゼロシンはアサシン。
なので話を戻して「アサシンの輝き=頑張って仕事してる姿=SATSUGAI」を思い浮かべるわけだけど、これがまたびっくりするほどどす黒く鈍い光しか放っていないのでどうしたもんか。
輝く姿というものは、一般的には見てる側にもなにかしらのプラスな感情をもたらすものであるはずだと思う。しかしそれがない。
ないどころか、むかつくというかせつないというかやりきれないというかおいおいおいおいというか、すごく複雑な気持ちになってしまう。
これはどうもよくないので、やっぱりどこかには非アサシンな部分もあったような気がするなーとふたりにドラクエの職業のような肩書きを考えてみた。
するとどうでしょう、「ゼロシン or サジンの相棒」「ビュウに雇われた人」「リベロに雇われてた人」と、思いついたものがことごとくお仕事がらみではありませんか。泥沼だ。
「ダフィラ人」という肩書きもガイドブック読みつつ考えたが、ファンブックでは出身地不明となっててどっちが本当なのかわからないので保留。
次に思いついた「反乱軍の一員」は確定事項、しかし金につられて加入してるからこれまた仕事の一環だろう。
ゼロシンは「かあさんの息子」と言えなくもないけど、かあさんがゲーム中に姿を表したことはないからちょっと卑怯だなと思った。これOKにしたら「(いるかいないかわからない)とうさんの息子」も「(いるかいないかわからない)じいちゃんの孫」もOKになっちゃってきりがない。
よって、アサシンじゃないアサシンが私には見つけられないのだった。
どうすりゃいいのだ、100%自分の想像だけど幸せな気分になれるほうと、少しは正確性があるものの「うわあ…」ってひいてしまうほうと、どっちのキラキラを選べばいいのだ。
というわけで、私の中ではアサシンはただアサシンであり、それ以下でも以上でもござんせん。
しかし少なくともサジンはだ、うまくいってればだけれど、ゲーム中で描かれてる場面以降はなんともうアサシンですらないのでありました…。
(数ヶ月前までこのことに気が付いていませんでした。「サジンはゲームの最後に足を洗ってアサシンやめるようだ」という文字列としては理解できていたものの、それがどういうことなのか、感情でわかってはおらなんだ)
あの転職宣言、真っ赤な嘘だったり、本気だとしても環境や世が許さなかったりして結果的に嘘となる可能性もあるかもしれないけど、疑うことしかできないというのも悲しいのでまずは素直に受け取っておきたいと思います。
それに、ゲーム中のサジンの職業に関してほめることのできる部分はほとんどないので、今後どうやって飯食ってくつもりなのかはわからねど、足を洗うこと自体はとりあえずものすごーく嬉しい。おめでとうとかそんな感じ。
でも同時にものすごーくさみしい。めでたくない。
ただでさえアサシンな部分しか知らないのに、アサシンからアサシン引いたら0、無になって、こらもう完全に知らない人なんだわ。
サジンがアサシンじゃなくなっちゃうのはとても残念だけど、本人がそう決めたんだから引き止めちゃだめだろうなあ。ほんとは皿にドラゴンのヌメヌメ盛ってパイ投げの要領で顔にビターン→ぐりぐりってやってひるんだ足元にすがってでも阻止したいが、そんなことをしたらこっちの命が危ないので、ここはひとつ彼のこれからの人生に幸多からんことを願い、「元気でね」と笑顔で手を振ろう。
しかし、だからといって、「やっぱりアサシン続けます」って言われても嬉しくないし、ひっぱたくしかないし、ゲーム中のアサシンなサジンを見ればむかつくし、大変に困りました。
ゼロシンは戦争のあともそれまで通りのやり方で生計立ててくのかな。相棒にくっついて足洗うのかな。どっちにしても、どうかプライベートでいっぱいキラキラしていてください。本人も言ってたけど、艦降りたら真っ先にかあさんのとこに帰れてるといいな。
いただきます
LV096
20090121
ふたり以上でなんか食べてる絵を描こうとすると、いつも高橋留美子の食事シーンを思い出します。即ち飯の奪い合い。
ファーレンハイトでのアサシンの食事を考えるとき気になるのが「自分の素性がばれてる状況下で暗殺者が他人の作ったものを軽々しく口にするか否か(ほかの反乱軍面子と同じものを食べているかどうか)」。
他人の手料理を拒みに拒んでどうにかして自力で食糧確保してほしいなあとも思うけど、空の孤島じゃそれは無理かな。
サジンとゼロシン、前は一般的(?)なかっこいいアサシンのイメージに引きずられて「仕事以外の物事に興味なさそう、食にあんまり執着なさそう」と思っていたんですが、今は
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普通はしない殺人という行為を金もらってやるってことは、お金大好きなんだろう。もしくは、そんなことしてまででもお金を稼がなきゃいけない理由があるんだろう
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死んじゃったらお金使えなくなって元も子もないから生への執着は尋常じゃないはず
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生きるためにはごはんはとても大事
▼
三度の飯より飯が好きなのかもしれない、そこまでいかんでも人並みにごはんを楽しみにしてるのかも…
と少し思うようになりました。
上の「死んじゃったらお金使えなくなって元も子もないから、アサシンの生への執着は尋常じゃないはず」に補足。
ゼロシンの場合、自分が生きていくこと以上にかあさんを食わせていくことのほうが大事だと思ってそうなふしもあるから、「もしも自分がどうにかなってしまっても、金さえ残しておけばOK」と考えてる可能性がなくもない気がします。
でもやっぱりかあさんが生活している様を(手紙越しにでも)その目で確かめておきたいだろうし、一般的に息子が死んだら母は悲しむからゼロシンとしてはそれは避けたいだろうし…というのを考えると、人一倍強い生への執着を持っているようにも見える。
それと、サジンとゼロシンが個人事業としてアサシンやってるのか、なにか組織があってそこに所属してるのか(そしてそこに忠誠を誓っているのか)によってもまたイメージが変わってくる。
ほかとつるむことなく相棒とだけ組んで気ままに金稼ぎしてるのなら、自分の命 > 金。
組織はあるけど入部しただけの幽霊部員状態なら、自分の命 > 金 > 組織。
心の中が常に組織への忠誠心でいっぱいになっているのなら、自分の命 ≒ 金 < 組織。
おお、混乱してきた。
童謡「一年生になったら」の主人公には夢がある。お友達百人引き連れて富士山まで足を運ぶ、というでっかい夢。しかも富士山は富士山でも、三合目やそこらじゃあ妥協しない。目指すのはあくまでてっぺん。
しかし彼または彼女も、なにも見栄や虚勢をはりたかったり、イナバ物置の真似事をしたかったりがためにそんなことを夢見ているわけではない。「おにぎり食べる」という目的があるのだ。
なんでそんなことのためにわざわざ富士山くんだりまで行くのかといえば、絶景をおかずに食べるごはんは最高にうまいからだ。なんで百人も従えるのかといえば、みんなで食うともっともっとうまいからだ。
ということで、人数の多い反乱軍のごはん風景を想像するとよだれが出ます。
反乱軍はああ見えて軍隊なんだから、食事は質素なんだろうと思います。使う材料はあらかじめどこかの街に立ち寄ったときに買いだめしておいたものだろうし、メニューのバリエーションは限られてきそうな感じ。
それでもやっぱり栄養管理はしっかりしているのだろうし、戦闘員からホーネットやクルーまで合わせたあの大人数でのわいわい楽しそうな食事風景を思うと、食欲がとっても刺激される。食堂から見えるかわかんないけど、そもそも食堂があるのかどうかも謎だけど、窓の外は文句なしの一面の青空。こんないいシチュエーション、そうそうあるものか。
そんなこと言ってても肝心の料理がまずかったらお話になりませんが、あれだけいっぱい人がいれば、お料理が得意な人もきっといるはずだと思う(そして同じぐらいの確率で壊滅的に料理下手な人もいるだろう)。
ファーレンハイトのおふくろさん・ゾラは料理上手であってほしいです。普段はしつこく「ごはんよー」って呼ばなきゃ食堂に来ないような人も、ゾラが食事当番のときは食事の時間の何分も前からおとなしくテーブルについて待ってるとか…。
そして料理ができたらみんなで「いただきまーす」してがっつく。信じる宗教によっては長い食前のお祈りがある人もいるかもしれないけど、そんなことはおかまいなしだ。お祈りが済むまではフォークすら持てない彼らを気遣って、大皿にのばした手をひっこめる、なんてことはしない。食べたいものを食べるのだ。いつの世も飯戦争は先手必勝である。
上る話題は軍法会議なみの堅苦しさと世間話のような他愛なさの間を行ったり来たり。早く食べ終わった人もすぐには席を立たず、おしゃべりに夢中になる。みんながおなかいっぱいになる頃には幸せ感も最高潮。
いいなー!
…でもその輪の中にアサシンは入っていないような気がするのです。私がもし反乱軍にいるとしたら、アサシンとごはん一緒するのやだもん。
ということはサジンとゼロシンだけみんなと違うところで食事することになるわけだけど、アサシンのふたりが一緒に飯食ってもなんだかとってもつまらなさそうである。自分で食事シーン描くときはやたら会話させてしまうんですが、本当はあのふたりじゃ到底話に花は咲かせられないだろうから、すっげ静かなんだろうなと思います。皿とフォークがかち合う音ぐらいしか聞こえてこない感じ。
本人達はなんとも思わないだろうけど、見てる側がせつない。ひとりで食べたほうがまだましだ。ゼロシンは少しはサジンに話ふったりするのかな。うまいだのまずいだの、その皿取って、ぐらいは言うかな。
ひょっとしたら土地の質と気候と経済状況に難のあるダフィラの一般家庭よりはいいごはん出てくるかもしれないから、もしそうだったらアサシン喜んでがっつきそう。その点だけはよかったね!って思います。
共喰いあるいはウロボロス
LV095
20090121
あんさつの巨大手裏剣
VS
デルタダガー
映画の登場人物とかゲームキャラとか、なんかしら悪い人のキャッチフレーズとしてよく目にするもののひとつに「金のためなら○○をも殺す」がある。
○○の部分は親だったり親友だったり恋人だったり、いろいろ。でもとにかく、近しい人を殺っちゃうらしい。愛していたはずのその人よりも、お金を愛しているらしい。
いんや、いずれお金になるからその人を愛していたのか? そのへんはわからん。
じゃあ、バハラグのアサシンに「金のためなら相棒も殺す」は当てはまるのかどうか。万が一相棒を標的とする依頼が来たら、サジンとゼロシンはどう対応するんだろ。
「相棒のゼロシンともクールにつきあう(ガイドブックより)」サジンは、その通りまったくもってクールに一切のためらいなく依頼を受けるのか、それとも実は義理堅かったり情に厚かったりしていくら金を積まれても首を横に降るだけなのか。
孤独を気にするゼロシンは「仕事仲間すらひとりしかいないのに、サジンがいなくなったら本格的にひとりぼっちだ」と考えて「できません」と答えるのか、あるいは「まあまた相棒探せばいいか」とか「友達になれない相棒ならいらない」とか「今ちょうど仕送りの金なかったんだー」とかの思いにより換金に走るのか。
断る場合はまあいい。「そういうもんなのか」と納得できると思う。
気になるのは承諾する場合。
理由は一言で言えば「相棒より金の価値が勝った」になるのだろうからあんまり深くは考えないが、その金額が気になります。具体的な額はわからぬものの、とりあえず3000ピローよりは上なのか下なのか。
元一国の女王、そこの重装兵団団長、そのふたりが乗る反乱軍旗艦のクルー数名(四人か五人だったと思うけど正確な人数を忘れました)、それぞれ殺るのに必要なのが3000ピロー。じゃあ相棒なら妥当に上かな? いやいや、下かな? それともタダかな?
別にアサシンのどっちかにどっちかを殺してほしい願望があるわけではない…というか殺してほしかないんだけど、アサシンのお互いに対する評価を金額という絶対評価で表したらどの程度になるのかは気になってしかたがないです。値段って絶対の皮をかぶった相対評価のような気もするけども。
実際に依頼が来てそれを受けるか断るか、という真剣なシチュエーションじゃなくていい…「いくら出したらうんこ食う?」のノリで誰かに「もし暗殺のターゲットが相棒だったらいくらで引き受ける?」って聞かれたからこう答えたよ、ってぐらいの軽さでいい…。
あと今気付いた、私が知りたいのは金と相棒比べたときの相棒の価値ではなく、金の価値のほうでした。
アサシンってあんまり「なにかが好き」だとか「こういうことがあって嬉しい」だとかのプラスの感情を持たないイメージがあるんだけど、そんな中できっとお金(現金でなくてもいいけど、そういう即物的ななにか)だけは特別に重要視され、好意を寄せられているのであろう。
アサシンの心のよりどころ、金。いいねえ。
で、アサシンにドラゴンのふん食わすにゃいくら払えばいいのか。ビュウはタダで食べたよ、タダどころか自ら進んで食べたよ。
「近しい人を殺す」という依頼、ゼロシンなら「かあさんを殺す」「まかり間違ってできた友達を殺す」とも置き換えられそう。
よし、そういう依頼が来た場面を想像してみます。
まず、私の中のゼロシン像は「母を大切にしてる」とか「友達ができたらきっと大事にしそう」というイメージが軸になって構成されているため、そんなふざけた願いは一蹴しそうだなと思った。
けれども彼を形作るための重要な要素には「職業 → アサシン」というのも存在するので、こっちを優先させるならば迷わず引き受けそうだと思った。
そして最後に「母を大切にしてる・友達ができたらきっと大事にしそう」と「職業 → アサシン」を同時に適用すると、断るも受けるも金次第、という想像結果となった。
金次第というと結局は上の相棒バージョンと同じになってしまうんだけれど、この場合お金と一緒に秤にかけるのは仕事の話しかできない相棒なんかじゃあない、心の中でいつも語りかけていたかあさんであり、待ち焦がれた友達だ。
それを殺せ? 馬鹿言うなよ。
さてここで、かぶりを振る彼の目の前に大金を積み上げてみる。そしてゼロシンにはその瞬間から大いに悩んでいただきたいと思う。
札束の数は少しずつ増やしていくから、悩んで悩んで、あるいは即答で、一度だけ「はい」か「いいえ」を選んでくれ。その額でゼロシン、あなたのイメージが決まる。母と友人の価値も決まる。
でもやっぱ、個人的にはいくら積まれようともかあさんは絶対に殺ってほしくないです。私の思い込みだとゼロシンがお金稼いでるのは七割方かあさんのためなので、かあさん殺してお金を得るなど本末転倒の極みとなってしまう。
でもこの人はよくわからない
LV094
20090121
世間のブームにまじでものすごく乗り遅れていますが、脳内メーカー、ゼロシンやったらサジンもやるべきだろう。
サジンの脳内
私の中のサジンのイメージと合ってないこともないのでちょっと喜んだ。
言わずもがな。
私はビュウのことを嘘つき+いらんことしいなキャラだと思っています。アナスタシア(エカテリーナ)にホーネットの好きなものを問われて嘘を教えた、そのただ一度きりの戯れのせい。
Wikpedia曰く、バハラグ売上全国53万本。
広い世の中、あの選択肢に真剣に悩んだ末うにうじカクテルと答えたり、素直に甘いワインを選んだりしたビュウもいっぱいいると思うけど、私は二周目以降かたくなにうにうじ一択で来ているのでどうせなら方針を貫きたい。ビュウ=嘘つき。
で、そのビュウよりも嘘を重ねているのがサジンです。
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「どんな仕事もそつなくこなす必殺アサシンとはおれたちのこと!」
→ ヨヨさまとマテライトの暗殺失敗したじゃん、必殺じゃないじゃん
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「あの仕事についてはまかせといてくれや……。」
→ 任せられるのクルー暗殺だけじゃん
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「もう足をあらうことにしますよ…。」
→ このせりふを聞かされた時点では嘘ではないが、なにせ前科があるのであやしいじゃん
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出身地がガイドブックとファンブックで異なっている。どういうこった。
→ ガイドブック編集者とファンブック編集者それぞれに生まれを尋ねられたものの、生まれたところを素直に教えちゃうと仕事に不都合が生じるってんで、その場しのぎの適当こいたのかもしれない
サジンはビュウ(ていうかプレイヤー)と違って面白がったり意図的だったりで嘘っぱちこいてるわけではないのかもなって感じもするんですが、それだけに息をするようにごく自然に、騙すつもりはなかったんですとか言いながらなめらかな嘘をついていそうだと思えてしまいます。嘘をつくというよりは、真実だけを言わなきゃいけない理由も義務もないだろう、みたいな。
よって、今後アサシンの未知の部分に関する新情報が出たとして、もしそれがサジンの口から明かされたものならば、私は信用できる気がしない。説明書やガイドブックにスタッフの文章として載っていてようやく信じるに足る(でも、ものによって書いてることが違ってたらもっと疑ってかかってしまいそう)。
サジンに対してめんどくさい余計なイメージを持ってしまったものだと思う一方、仕事が仕事だから欺くことも大事だろう、嘘が上手いにこしたことはないだろう、じゃあ悪いことでもないのかも、と考えもする。
「楽しい」じゃなくて「楽をする」のほう。
サジン、ヨヨさま暗殺のとき手抜いてると思う。
マテライトのときは一応標的と接触はしたので「武人なマテはそうそうしとめられないよね」と納得できたんですが、ヨヨさまのときのお粗末さはなんだ。落下するにしても、手すりでじたばたじゃなくてせめてテラスの床に激突ぐらいはしてくれ、自称「どんな仕事もそつなくこなす必殺アサシン」よ。
…今嘘をつきました! サジンのまねしてみた。
本当のところを言うと、もしあれが真剣に暗殺しようとした結果の落下だったらいたたまれなさすきるので、手を抜いたんだ、楽しようとしたんだと思い込むことにしてるだけです。実際はものすごく本気だったのだろうと思う。かっこわるいよう。
あとこれゲーム中のサジンの行動とはまったく関係ないんですが、サジン描こうとすると八割方寝転がってたりだらけてたりする絵面が浮かぶため、「楽」の文字が妙に腑に落ちまくった。
ゼロシンの場合は手紙書いたり笑顔の練習したりと普段の生活がそれなりに思い浮かべられるのに、サジンはそれができなかったのでとりあえず寝とけ、と思ったのが発端。
そういえばずいぶん前の話ですが、アサシンの夢が見たい見たいと思っていたら、念願叶ってサジンがニ夜続けて夢に現れました。
そのサジンは私と友達という設定で、なんかもうすっごい男前だった。顔と物腰と絵柄がDQ4コマの頃の浅野りんのDQ4男勇者(シンシアのパンチラに赤面する人)みたいだった。みたい、ていうかまんま男勇者…ていうかあれ多分男勇者本人だったと思います。
なんだ、じゃあ私が見たのはサジンの夢じゃなくて、浅野りん画の男勇者「さし゛ん」の夢か! ぬかったわ!
でも男勇者本当にかっこよかったから、ぬかりも捨てたもんじゃないなと思いました。次は浅野りんの描くDQ5主人公の夢が見たいなあ。父親の落ち着きがあってかっこいい。
…なんの話をしてるのだ?
Sweet!
LV093
20090121
勝手な思いこみなんですが、アサシンは依頼者からの礼金目当てに殺人を犯すことはあっても、お財布の中身ほしさにそこらへんの人を刺したりすることはなさそうだなっていうイメージがあります。
人を殺すことに今更たいした抵抗はないけれど、あくまで職業暗殺者だから自分の感情を標的に直にぶつけたりはしないよ、という感じ。
手を汚すのはあくまで他人のため、誰かの願いを叶えるためなのだ。
…でも依頼を受けて殺った相手がたまたま大金とか高価な宝石とか持ってて、かつ依頼人からそういう場合の対処について特別な指示を受けていない場合はためらわずパクりそうな気がする。
そして待てど暮らせど依頼が来なくて口に糊すらできぬようなら、手頃な人間を見繕い襲い当座の生活費を稼ぐこともあるかもしれんなとも思う。殺しはしなくとも財布すり盗ったりとか。
そのへんは臨機応変にいこう。
サジンとゼロシンの生業ってとっても非人道的ですが、人助けでもあるのだと強引に言えんこともない気がします。
アサシンのお仕事には常に二種の人間がつきまとう。ひとつは暗殺の依頼人、もうひとつは暗殺対象者。
このふたつ、アサシンにとっては両方必要なものだけど、どちらがより重要かと問えば、そりゃあ前者だろう。受託殺人の被害者というものは依頼者抜きには存在しえない。逆もまたしかりではあるものの、先に成るのはたいていの場合依頼者でありましょう。
アサシンと暗殺対象との間にも、アサシンと依頼者の間にも、ある種のつながりというのは発生するわけだけれど、より強い結び付きを持つのは依頼者との間にあるほうのそれだ。アサシンの物語では依頼人が準主役、ターゲットは脇役。
よって、できごとの中心軸を「殺される側やその周囲」から「殺す側・殺してほしい側」に移して見てみれば、サジンとゼロシンの行為は問題解決のために最適最良な行いであり、困ってる人に差し伸べられた優しい手でもあり、即ち人助け、ということになると思う。
助けられたなんてまるで思わない依頼人、望んだ結果を作ってもらったくせしてアサシンそのものに対しては「自分とは違う人種」「クズ」と思ってる棚上げの得意な依頼人もいるかもしれないけど(私はそうなる自信がある)、そのクズに状況を打破してもらった事実は揺るがない。
ただもしも、アサシン本人が少しでもそれを自覚し「喜ぶ人がいるからいいじゃん」って開き直っているのだとしたら腹が立つし、どういうわけだか誇っているならば腹立つどころじゃありません。
他人の願いを叶えてはいるが、ロハじゃねえ、その依頼者からは金が出る。まだこれは「ダフィラの経済活動の一端を担ってるのだ。お金が動かなきゃ景気はよくならないよね」ということでいいとしても、人死にも出る…というか出す。とんでもないぞ!
だからって奴らが罪悪感とか背徳感を抱きながらアサシンしててもそれはそれで殴りたい。「ならすんなよ」という気持ちが先に立ってしまいます。そんな簡単な話じゃないのだろうなとは思うけど、アサシンの都合なんか知ったこっちゃないわ。
どうも仮想敵を攻撃しすぎてしまったが、アサシンの、自らの仕事内容についての思いは「世間がどう思おうと自分にとってはそれなりに当たり前で正常な行為なので、特別なにも考えていない」ぐらいがいいなあと個人的には思っています。驕っててもむかつくし、懺悔されてもむかつくんだもん。
でもそのむかつきが気持ちいいのかもしれないな。とりあえず、職業暗殺者という人種の、私には理解しかねるであろう彼ら特有の打算にまみれた思考や行動を想像すると興奮する。
とまれ、ゲーム中には表れていない部分のアサシンの性格・思考がどんなものなのかってのは、ほんとのところはわからない。多分スタッフにもわかんないと思う。なんせファンブックのQ&Aで質問に対し「知らない。判らない。」と答えてしまうような人たちだ…。
サジンとゼロシン、実は今までの暴言をすべて撤回したくなるような人格者であるかもしれないし、もしかしたらむかつくどころではない本気の憎悪や軽蔑を覚える最低な人格をしてるかもしれない。
でも今だって100%応援したり共感したり嫌悪したりなんてできていないのだから、どうせなら彼らのいろいろを隅から隅まで知りたい気持ち。こう思うのはアサシンにかぎったことではないけれど。
「毒を食らわば皿まで」は無理なので、食える皿はおいしくいただき血肉とし、食えない皿は吐き出して叩き割って拾い集めて懐に忍ばせておこうと思う。
ただこれ「キャラの新情報満載でバハラグをリメイクしてほしい」とか「プロフィールもばっちり載ってるファンブック改を作ってほしい」っていうことではなくて(出たら出たで嬉しいけど)、「発売から十数年が経ち、リメイクや続編の情報も皆無という現状に一切の変化を加えないまま、アサシン本人しか知り得ない事柄も含めたすべてを知りたい」という感覚なので、なにをどう頑張っても実現しないのが悲しいところであります。
カットラス
LV092
20090121
アサシンの初期装備、忍剣カットラスのつもりです(鞘に入らない)。
FUJIMIのF7U-3カットラスを買ったので、この機体のチャームポイントと思われる翼のスリットからチラチラ見える赤に倣って刀身を赤にしてみたんだけど、ダフィラにいた頃の、戦場での立ち回りよりも暗殺をメインにお仕事してそうなアサシンにとってはうっとうしいことこの上ないだろうな。目立つ目立つ。
武具にもそのパーツを組み込もうと思ったものの、ろくに反映できませんでした。ちぇ~。
U-60
LV091
20090121
LV83で体型の話をしたあと、コメントで「天井につかまったりするため、忍者には60kgの体重制限があった」っていうのを教えてもらいました。
さあこうなったらアサシンの身長予想するしかない。
現代日本では、体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で表されるBMI指数が18.5以上25未満ならば標準体型、さらに22ならば標準体重ぴったりと言えるらしい。
なので体重を60kgと設定して、5cm刻みでBMI値を計算…というかBMIチェックのできるサイトに行って算出。そして標準体型の範囲では身長がいくつになるかを調べました。
身長(m) |
1.50 |
1.55 |
1.60 |
1.65 |
1.70 |
1.75 |
1.80 |
1.85 |
BMI |
26.7 |
25.0 |
23.4 |
22.0 |
20.8 |
19.6 |
18.5 |
17.5 |
標準体重(kg) |
49.5 |
52.9 |
56.3 |
59.9 |
63.6 |
67.4 |
71.3 |
75.3 |
色ついてるところがだいたい標準体型です。
LV83では「まんがやゲームの忍者はやせてるほうがそれっぽいかも」と書いたんだけど、今回は「ぱっと見ちょっとやせてて脂肪ないけど、筋肉あるぶん体重数値としてはその辺の同身長の一般人とかわらない」というイメージでやってみたのでBMIは18.5以上としておきたい。
「BMI22を標準体型とするのは現代日本にかぎった話だから、オレルスでは通用しないのでは」とかそういうのはまあとりあえずいいや。
「ガイドブックに忍者と書かれているとはいえ、アサシンは純粋忍者じゃないのでは」ってのは「忍者じゃないけど忍者的な行動は要求されるに違いない」で問題ない。
よーしわかった。
- アサシンの体重は重くても忍者の適正体重ぎりぎりの60kgぐらい?
- 身長は高くても1.8mぐらいまで?
- 身長体重ともに下限は不明
これだけ幅持たせて考えておけば、いざってときも大丈夫だろう! もしもリメイクされて身長体重公開されても、よっぽどのことがないかぎりはうろたえなくてすむ!
…はず!
絵に描くとき気にしてるかは置いといて、バハラグキャラにこういう体格イメージを持ってます。あんまりイメージわかないか、年齢設定による振れ幅がでかすぎる人は外しました。
体の縦幅と横幅だけを比べたときの印象なので、「背が高く見える」の項でマテライトとネルボが同軸にいても同身長というわけではないです。
とりあえずアサシンはイメージ上ではわりとやせている…イメージ上では。トラキア776の体格数値でいうと6と7の間ぐらい。
背でっかそうで実は意外と低かったり、やせて見えるのに結構体重あったりするかもしれないなと思ってるキャラもいるので、この図あんま意味ないかも。
そういえば、体格だけにかぎったことじゃないんだけど、ビュウとパルパレオスを並べると、顔立ちとか背格好とか髪型とか外見のあれこれが似ているようでいて実はパルのほうがいいものもよくないものもすべての要素において一回り大人びた方向に上回っている…っていうイメージがあります。
ビュウに対してすごく申し訳ない言い方をしてしまうと、ビュウの上位クラスがパルという感じ。
でも性格はまったく似てなさそうだと思う。